セッテソリ

歴史

土地と誇り シチリアの美意識

 シチリアでプレミアムワインが造られるようになった背景のひとつに、1950年代頃から盛んになった、農地に対する意識変革が挙げられようか。
 元々シチリアは数千年来の穀倉地帯。小麦の生産が群を抜いていた。しかし、土地の有用性に合わせて農地を見直す動きが起りはじめ、小麦以外の生産物が検討されるようになったという。
 そもそもシチリア人は、土地に対して信念ともいうべき強い愛着を抱いている。その起源は、イスラムの支配を受けた九世紀にまで遡る。当時、この地を治めていたアラブ人は、広大な森林資源に着目し、造船のために木材を切り出した。その結果、大地は保水機能を失い、多くの土地が乾燥帯となってしまったのである。
しかしシチリア人は、わずかな水を管理統制し、農業を守り続けた。そのシステムがシチリア独特の土地支配構造ガベロッティ(大借地人)に結びつく。名誉に敏感なシチリア人気質も、この制度が運営される過程で形成されたもの。つまり、シチリア人にとって土地は美意識の根源ということができよう。
その大切な土地を見つめなおした彼らは、地中海性の気候、果物の旨味を充分に引き出す陽光、土地に秘められた力など、いずれも葡萄栽培に良好な条件が揃っていることに気が付いたのである。

トレーサビリティーの確立

それまでのシチリアでは、味は二の次の大量生産ワインが多かった。葡萄栽培農家も、自分たちでワイン造りをすることなく、醸造会社に原料葡萄を売るのが一般的であった。しかし、土地の有用性を発見した彼らは、自分たちで醸造することを思いついたのである。葡萄栽培農家が協同してワイン醸造組合を作る、それが変革の第一歩となった。
一九六五年に、アグリジェント県メンフィに設立されたセッテソリも、そうした協同組合のひとつである。その名は、『山猫』にも登場する由緒ある地名に由来している。
セッテソリの特徴こそ、シチリア人の土地への誇りを端的に表わしているといってよい。
二千百軒もの栽培農家の、六千百ヘクタールにもわたる農地の全ては、独自に開発したソフトウェアによって完璧に制御されている。
畑のひとつひとつが、生産者、土壌、日照、葡萄品種など細かく分類され、取り入れの最適時期はいつになるかという見込みまで立てることが可能である。収穫時期になると、当日の納入予定を割り当てられた農家の車で、ワイナリーは一杯になるという。敷地に入るとすぐに、品質がチェックされ、以後は完璧なシステムの管理下でワインとなる。
協同組合という、大量生産タイプのワイン醸造所でありながら、品質管理には妥協がない。ボトルのルーツを辿れば、その原料葡萄が何処の畑で作られたものかすぐに判明する。まさに、生産者の顔が見えるワイン。土地に誇りを持つシチリアだからこそでき得たシステムといえよう。だからこそ、需要にもすぐに応えることが可能である。マーケットが要求する味のワインを造るには、何処の畑で、どんな品種の葡萄を栽培すれば良いのか、そうした質問はシステマチックに判明する。
土地に深く根ざしながら、フットワークは極めて軽いのである。無論、味わいには、そうした真摯な造り手の姿勢は、たちどころに反映する。現在、人工衛星を使って霧の発生などの気候変動にいち早く対応し、葡萄の品質管理をより厳密に行う計画が進行中である。
 あくまでも土地へのこだわりを捨てないシチリア人気質がコストパフォーマンスに優れたワインを生み、延いてはその意識変革が、プレミアムワインが誕生する素地を育む…ワインの世界では確実に、シチリアによるシチリアらしい文化の風が吹きはじめている。

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