テヌータ・ディ・カペッツァーナ

歴史

歴史的な栽培地、そして高貴な土地、カルミニャーノ

ローマ時代前からカルミニャーノでブドウ木が栽培されていたことは、紀元前1000年頃のエトルリア人の墓にある、ワイン瓶やカップにより証明されています。また、フィレンツェで保存されていた804年の日付が記載されている契約書によると、この時代に既にカルミニャーノでブドウ木とオリーブが栽培されていたことが記載されています。つまり、カペッツァーナのワインは1200年も前からこの地で生産されていたこととなります。ルネッサンス初期にはモンナ・ネーラ・ノバッコルーシルが、カペッツァーナで最初に貴族の館と9つのワイナリーを建設しました。18世紀にはマルクイズ・ブルボン氏の妻が畑を増やし、管理されたブドウ栽培方法を確立していきました。
この土地は、ブルボン家など様々な一族の所有を経て、最終的に現在のオーナーであるコンティーニ・ボナコッシ伯爵家の所有となりました。

テヌータ・ディ・カペッツァーナ社のはじまり

20世紀のはじめ、アレッサンドロ・コンティーニ・ボナコッシ伯爵は、妻のヴィットリアとふたりの子供、アウグスト・アレッサンドロとヴィットリーナとともにスペインからイタリアへ戻りました。スペイン滞在中、彼は、古物商として成功を収め、絵画、家具、銅像などのコレクションを行っていました。彼の死後、ふたりの子供により、主なコレクションを州に寄贈されました。現在、この寄付されたコレクションは、フィレンツェのウッフィツィ美術館に保管されています。(貴重なコレクションのため常設ではなく、事前に予約された人のみに公開されています)
1920年代、アレッサンドロは、イル・ポッジェットとトレフィアーノに隣接する広大な土地を購入します。それが、現在のテヌータ・ディ・カペッツァーナの始まりです。カペッツァーナの所有地では、上質なワインとオリーブオイルが生産されていましたが、アレッサンドロはさらに投資と畑、技術の改善を行っていき、ワイン生産に情熱を注いだ結果、1925年にカペッツァーナとしてのファーストヴィンテージを生み出しました。

現在のテヌータ・ディ・カペッツァーナ社

第二次世界大戦後、アレッサンドロの息子であるウーゴが大学との協力体制を確立。このカルミニャーノの大地でより高品質なワインを作り出すことに最大の努力を重ね、現在のテヌータ・ディ・カペッツァーナの地位を確立していきました。今日では、ウーゴの子供たちがカペッツァーナ社の運営を行っています。フィリッポは、畑全般を担当し、ベネデッタは、エノロゴであるステファノ・キオッチョリ氏とともに醸造を担当。そしてベアトリーチェは、マーケティングを担当しています。

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