appetizer ラタトューユ

ラタトューユ

色鮮やかで汎用性に優れたラタトゥーユは夏の万能料理です。

ニースの名物料理であるラタトゥーユは、私の夏の好物のひとつです。ラタトゥーユを食べるたびに、夏休み、太陽の光、庭に出した大きなテーブルに集う人々・・・を思い出します。この色鮮やかでおいしいラタトゥーユのことを、かつてフランスで「食欲をそそらない煮込み料理」と揶揄されていたことが、私には不思議でなりません。とても庶民的な料理だったからなのかもしれませんが、温かいままでも冷たくしてもおいしく食べられるラタトゥーユは、オムレツの中に入れても、ごはんに添えてもよく、さらにどんな肉料理の付け合わせにも合う素晴らしい料理です。

ズッキーニは、ラタトゥーユに欠かせない野菜ですが、私が東京に住んでいた27年前は、まだ一般的ではなかったため、手に入りにくく高価なものでした。そこで、何度かズッキーニの代わりにきゅうりを使ったことがあります。全く同じようにはなりませんが、1)きゅうりは皮をむいてから使う 2)なすが煮えてからきゅうりを入れる(水分がたくさん出てすぐに火が通るため)、この2点を注意すれば、きゅうりでもおいしくできることがわかりました。ズッキーニが手に入らない場合は、ぜひお試しください。

南フランスのレストラン経営者であるギ・ジェッダ氏は、「ラタトゥーユは、口を魅了するだけでなく、我々の顔を輝かすものでなければいけない」といっています。つまり、色鮮やかで、目にも美しい料理でなくてはいけないということ。この意見に私も心から賛成です。

材料(4人分)

  • たまねぎ …230g
  • にんにく …1片
  • ズッキーニ …400g
  • なす …400g
  • ピーマン …2個(またはパプリカ1個)
  • トマト …2個
  • オリーブオイル …大さじ2
  • ブーケガルニ(タイム、ローリエ、ローズマリー) …適宜
  • 塩・こしょう …適宜
  • 黒オリーブ …12個
  • …大さじ1

作り方

  • たまねぎは薄切りに、にんにくはみじん切りにします。
  • ズッキーニとなすは、大きめのさいの目切りにします。
  • ピーマンは種を取り細切りにし、トマトの皮は湯むきして、適当な大きさに切ります。
  • フライパンにオリーブオイルを熱し、にんにくとたまねぎを入れ、弱火で5分炒めてから、2と3の野菜、ブーケ ガルニを加えます。
  • 4を塩・こしょうで味付けし、やや強火でトマトがやわらかくなるまで煮ます(10〜15分)。
  • 仕上げに酢をふりかけ、種を取った黒オリーブを加えます。
  • ※ラタトゥーユだけで食事にしたい場合は、黒オリーブと缶詰のツナを1缶分加えて、焼いた田舎パンのスライスあるいはごはんを添えるといいでしょう。それだけでも十分華やかでおいしい食事になります。

ミシェルアンドレコーヘン
Michele Andree Cohen

第二次世界大戦中の1939年12月、フランスのトゥールで生まれる。終戦後の1946年にトゥールからパリに移り、結婚するまでの15年間パリで暮らす。料理上手な母から、伝統的なフランス料理の他、アルザスの料理や、父親の故郷であるロレーヌ地方の料理を教わる。
バカロレア(大学入学資格)を取得後、PRの専門学校に入学。卒業後、企業PRに関わるレセプションに携わった。
1961年、エジプト出身のイタリア人と結婚。義母もまた料理上手で有名な人で、義母からイタリア料理や中東料理の手ほどきを受ける。その後5年間、商社に勤める夫の仕事の関係で、北アフリカのスーダンの首都ハルッームに住む。ここでシリア人、リベリア人、ギリシャ人、イタリア人など、さまざまな国の友人ができ、その友人たちからそれぞれの母国の料理を教わる。
1966年、イタリア・フィレンツェへ家族とともに移住し、その1年後、夫の赴任で日本へ。1992年に日本を離れるまで、日本でもまた、料理上手なイタリア人の友人たちやさまざまな国の友人と出会い、イタリア料理はもちろんのこと、日本料理、中華料理、インド料理など、幅広い料理の知識を得る機会に恵まれる。
友人たちのすすめで料理教室を開き、10年ほど、自宅で料理教室を主宰。料理をつくりながら語る、歴史やルーツなど、料理にまつわる「物語」が好評で、この経験が、日本を離れて18年たった今、料理本の出版を実現させることにつながった。
また、1980年ごろの日本ではまだほとんど知られていなかったティラミスを、日本に広めるきっかけをつくった功労者のひとりでもある。夫が日本に初めて輸入したフレッシュマスカルポーネチーズの販促活動をサポートするため、食品見本市でフレッシュマスカルポーネチーズを使ったティラミスの試食会を行い、これが評判を呼び、ティラミスが一気に全国的に知られることになる。フランスでレセプションの仕事をしていた経験がここで生きた結果となった。現在はスイス・ジュネーブで夫と2人で暮らしている。結婚し家庭を持った3人の子どもたちは日本、ドイツ、フランスで暮らしているが、年に2回は家族全員が集まる。家族に会い、料理を振る舞うことが何よりの楽しみ。マンマ(mamma)は今、8人の孫のノンナ(nonnaおばあちゃん)でもある。