appetizer ラシェルのじゃがいも

ラシェルのじゃがいも

実家のお手伝いさんラシェルのレシピ
我が家に伝わる料理です

フランスの農学者パルマンティエがじゃがいもを普及させるまで、じゃがいもは危険な催淫性植物とフランスでは思われていました。パルマンティエは、ドイツでの捕虜時代にじゃがいもの優れた特性を知り、フランスに帰国後、物理学者ベンジャミン・フランクリンや科学者ラヴォアジエなど、多くの著名人のための晩餐会を催しました。その時に出された料理が、さまざまなじゃがいも料理でした。これが功を奏し、パルマンティエはルイ16世にじゃがいもを栽培するための許可を得ました。じゃがいもの花が咲いた時、彼はこれを花束にして宮廷に届けました。マリー・アントワネットはすぐにそれを髪にさしたそう。その時王は、「フランスはいずれ、貧しい民のためにパンに代わる物を見つけてくれたお前に感謝するであろう」といったとのことです(しかしその後、王はその貧しい民によってギロチンにかけられるのですが・・・ )。パルマンティエの墓には、今もじゃがいもの花が毎年咲いています。

私の実家のお手伝いさんだったスペイン人のラシェルは、最初フランス料理にあまりなじめず、とくにバターと生クリームの使い方が上手ではありませんでした。私の母がある日、じゃがいも料理を頼んだ時、ラシェルはじゃがいもにたまねぎ、ピーマン、トマト、オリーブオイルを加え、自分流のやり方でつくってくれました。母が食べたかった料理とは違ったものの、これが大変おいしくて、以来実家の定番料理となりました。今でも我が家ではこれを、「ラシェルのじゃがいも」と呼んでいます。

材料(4人分)

  • じゃがいも …500g
  • トマト …2個
  • たまねぎ …100g
  • ピーマンまたはパプリカ …100g
  • にんにく …1片
  • ブーケガルニ …1束
  • 塩・こしょう …適宜
  • オリーブオイル …大さじ1
  • チョリソまたはペパロニサラミの輪切り …8個

作り方

  • じゃがいもは皮をむき、大きめのさいころ状に切り、鍋に入れます。
  • トマトの皮は湯むきし4等分にし、たまねぎは皮をむき8等分に切ります。
  • ピーマンまたはパプリカは大きめに切り、にんにくは皮をむきます。
  • ①のじゃがいもに、②と③、ブーケガルニを入れ、塩・こしょうで味付けをします。
  • ④にオリーブオイル、チョリソまたはペパロニサラミを入れ、さらにじゃがいもがひたひたに浸かるまで水を入れ、沸騰させます。その後中火にし、20分煮ます。最初はふたをして煮込み、その後にふたを取り、完全に水分を蒸発させます。ソースとスープの中間のような仕上がりになればでき上がり。

ミシェルアンドレコーヘン
Michele Andree Cohen

第二次世界大戦中の1939年12月、フランスのトゥールで生まれる。終戦後の1946年にトゥールからパリに移り、結婚するまでの15年間パリで暮らす。料理上手な母から、伝統的なフランス料理の他、アルザスの料理や、父親の故郷であるロレーヌ地方の料理を教わる。
バカロレア(大学入学資格)を取得後、PRの専門学校に入学。卒業後、企業PRに関わるレセプションに携わった。
1961年、エジプト出身のイタリア人と結婚。義母もまた料理上手で有名な人で、義母からイタリア料理や中東料理の手ほどきを受ける。その後5年間、商社に勤める夫の仕事の関係で、北アフリカのスーダンの首都ハルッームに住む。ここでシリア人、リベリア人、ギリシャ人、イタリア人など、さまざまな国の友人ができ、その友人たちからそれぞれの母国の料理を教わる。
1966年、イタリア・フィレンツェへ家族とともに移住し、その1年後、夫の赴任で日本へ。1992年に日本を離れるまで、日本でもまた、料理上手なイタリア人の友人たちやさまざまな国の友人と出会い、イタリア料理はもちろんのこと、日本料理、中華料理、インド料理など、幅広い料理の知識を得る機会に恵まれる。
友人たちのすすめで料理教室を開き、10年ほど、自宅で料理教室を主宰。料理をつくりながら語る、歴史やルーツなど、料理にまつわる「物語」が好評で、この経験が、日本を離れて18年たった今、料理本の出版を実現させることにつながった。
また、1980年ごろの日本ではまだほとんど知られていなかったティラミスを、日本に広めるきっかけをつくった功労者のひとりでもある。夫が日本に初めて輸入したフレッシュマスカルポーネチーズの販促活動をサポートするため、食品見本市でフレッシュマスカルポーネチーズを使ったティラミスの試食会を行い、これが評判を呼び、ティラミスが一気に全国的に知られることになる。フランスでレセプションの仕事をしていた経験がここで生きた結果となった。現在はスイス・ジュネーブで夫と2人で暮らしている。結婚し家庭を持った3人の子どもたちは日本、ドイツ、フランスで暮らしているが、年に2回は家族全員が集まる。家族に会い、料理を振る舞うことが何よりの楽しみ。マンマ(mamma)は今、8人の孫のノンナ(nonnaおばあちゃん)でもある。

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