salad ライスサラダ

ライスサラダ

ヨーロッパで米はサラダに使われることが多くライスサラダは立食パーティの定番メニュー

米は、世界で初めて栽培され、世界で最も多く栽培されている穀類といわれています。原産地は、今のインドネシア地方ではないかといわれており、この地方では、紀元前7000年ごろの米の痕跡が見つかっています。

ヨーロッパに米が伝わったのはかなり遅く、南イタリアには14世紀末に、フランスには17世紀になってからです。

フランスでは肉類のソース煮込みの付け合わせに、イタリアではリゾットとしてよく用いられていますが、ヨーロッパ全体で見ると、米はサラダとして使われることが多く、とくに夏の立食パーティの料理では必ずライスサラダが出さ

れます。

ライスサラダといえば、ピクニックがてら、子どもたちときれいな空気を満喫するために山へ出かけた休暇を思い出します。私たちにはその日、途中でお弁当を食べる時間が一番の楽しみでした。そんな時、我が家のお弁当はいつもライスサラダ!なぜなら、夫がサンドイッチを好まなかったからです。

いつだったか、イタリアのドロミテアルプスに家族で行った時、私はフォークとスプーンを用意するのを忘れてしまいました。手でライスサラダを食べる気にはなれず、どうしよう? と思案していたら、誰かが「小枝で箸をつくろう」といい出し、小枝を拾い集めて箸をつくりました。おかげで私たちは、手でライスサラダを食べずに済みました。日本で生活した経験が生かされた瞬間でした。どんな時でも創意工夫が生まれるものですね。とくにおなかが空いている時は・・・。

材料(4人分)

  • トマト …2個
  • きゅうり …1個
  • ピーマンまたはパプリカ …1個
  • セロリ …1本
  • オリーブ …12個
  • みじん切りのパセリ …大さじ2
  • ツナの水煮缶 …大1缶
  • …小さじ1/2
  • 黒こしょうまたはチリペッパー …適宜
  • レモン汁 …大さじ2
  • オリーブオイル …大さじ3
  • …360g

作り方

  • 米を炊いておきます。
  • トマト、皮をむいたきゅうり、種を取ったピーマンは細かいさいの目に切ります。
  • セロリはスライスします。
  • オリーブは種を取り半分に切ります。
  • 2〜4の材料と水を切りほぐしたツナを大きなボウルに入れ、塩・黒こしょうまたはチリペッパー、みじん切りのパセリ、レモン汁、オリーブオイルを加え混ぜ合わせます。
  • お米を冷水にくぐらせて、5に加えます。このサラダは、塩とレモンで味を利かせることがポイントです。味見をして、味の調整をしっかりしてください。
  • ※ツナの代わりに、カニ、エビ、魚のすりみ、小さなイカにしてもいいでしょう。野菜は、グリーンピース、フェンネル、さやいんげん、コーン、たけのこ、オイル漬けの小ぶりのアーティチョークなどで、ハーブは、バジル、シブレット、ミントで代用できます。さらに、ゆで卵の輪切りを飾ってもよいでしょう。ただし、一度に全部は入れないようにしてください。お好みの材料で、自分のレシピをつくってみてください。

ミシェルアンドレコーヘン
Michele Andree Cohen

第二次世界大戦中の1939年12月、フランスのトゥールで生まれる。終戦後の1946年にトゥールからパリに移り、結婚するまでの15年間パリで暮らす。料理上手な母から、伝統的なフランス料理の他、アルザスの料理や、父親の故郷であるロレーヌ地方の料理を教わる。
バカロレア(大学入学資格)を取得後、PRの専門学校に入学。卒業後、企業PRに関わるレセプションに携わった。
1961年、エジプト出身のイタリア人と結婚。義母もまた料理上手で有名な人で、義母からイタリア料理や中東料理の手ほどきを受ける。その後5年間、商社に勤める夫の仕事の関係で、北アフリカのスーダンの首都ハルッームに住む。ここでシリア人、リベリア人、ギリシャ人、イタリア人など、さまざまな国の友人ができ、その友人たちからそれぞれの母国の料理を教わる。
1966年、イタリア・フィレンツェへ家族とともに移住し、その1年後、夫の赴任で日本へ。1992年に日本を離れるまで、日本でもまた、料理上手なイタリア人の友人たちやさまざまな国の友人と出会い、イタリア料理はもちろんのこと、日本料理、中華料理、インド料理など、幅広い料理の知識を得る機会に恵まれる。
友人たちのすすめで料理教室を開き、10年ほど、自宅で料理教室を主宰。料理をつくりながら語る、歴史やルーツなど、料理にまつわる「物語」が好評で、この経験が、日本を離れて18年たった今、料理本の出版を実現させることにつながった。
また、1980年ごろの日本ではまだほとんど知られていなかったティラミスを、日本に広めるきっかけをつくった功労者のひとりでもある。夫が日本に初めて輸入したフレッシュマスカルポーネチーズの販促活動をサポートするため、食品見本市でフレッシュマスカルポーネチーズを使ったティラミスの試食会を行い、これが評判を呼び、ティラミスが一気に全国的に知られることになる。フランスでレセプションの仕事をしていた経験がここで生きた結果となった。現在はスイス・ジュネーブで夫と2人で暮らしている。結婚し家庭を持った3人の子どもたちは日本、ドイツ、フランスで暮らしているが、年に2回は家族全員が集まる。家族に会い、料理を振る舞うことが何よりの楽しみ。マンマ(mamma)は今、8人の孫のノンナ(nonnaおばあちゃん)でもある。