appetizer キッシュ・ロレーヌ

キッシュ・ロレーヌ

オードブルにもメインディッシュにもなる
キッシュ・ロレーヌにベーコンは不可

フランスの東部に位置しているロレーヌ地方は、アルザス地方とともに、その領土所有権がドイツとの間でしばしば争われてきました。

「キッシュ (quiche)」とは「クーヘン(kuchen)」というドイツ語に由来していて、フランス語の「タルト(tarte)」を意味します。

キッシュは古典的なフランス料理のひとつですが、16世紀にナンシー(ロレーヌ地方の中心都市)で誕生した料理です。その時のキッシュはパン生地でつくられていましたが、今はパイ生地を使っています。

ロレーヌ地方の人々が「ミゲーヌ」と呼ぶ、卵と生クリームを合わせ生地に詰めたあらゆる料理が「キッシュ」と呼ばれています。ここで紹介するキッシュ・ロレーヌには、ベーコンが必ず使われます。もし、ベーコンの代わりに他の食材をうと、それはもう、キッシュ・ロレーヌではなく、他キッシュ料理になります。私の父がナンシー出身だったこともあり、キッシュは頻繁に食卓に出ていました。今でもキッシュは私の大好物のひとつで、私が結婚する時に母から教わった最初の料理でもあります。

キッシュは、オードブルにも軽食時のメインディッシュにもなる料理なので、とても便利です。つくり方は簡単ですが、加熱にだけ注意してください。磁器製かガラス製の型を使う場合は、パイ生地だけをあらかじめ10分焼き、粗熱が取れてから卵と生クリームを混ぜたものを注いでください。こうすることで、下側がやわらかくねばねばした状態になるのを防止することができます。

材料(オードブル/8人分 その他/4人分)

  • 練り込みパイ生地(A) …150g
  •  A‥小麦粉 …200g
  •  A‥バター …100g
  •  A‥塩 …とつまみ
  •  A‥水 …50ml
  • ベーコン …300g
  • …3個
  • …ひとつまみ
  • こしょう …少々
  • 生クリーム …300ml
  • おろしたグリュイエールチーズ …大さじ2
  • バター …20g

作り方

  • まずは練り込みパイ生地をつくります。ボウルに小麦粉、小さくちぎったバター、ひとつまみの塩を加えて、砂のような感触になるまで指先で混ぜます。
  • 1に水を注ぎ、なるべくこねないようにして手早く丸めます。冷蔵庫で30分寝かせます。
  • ベーコンは棒状に切り熱湯に入れます。再び沸騰したら取り出して湯を切り、フライパンでゆっくり炒めます。きつね色になったら、キッチンペーパーで水分を吸い取ります。
  • ボウルに卵を割り入れ、塩・こしょうで味付けをし、生クリームを軽く泡立ててから加えていきます。
  • 練り込みパイ生地は、めん棒で約3mmの厚さにのばします。オリーブオイルをひいた直径30cmくらいのパイ型に入れ、フォークでパイ生地の底に穴を開けます。その上に3のベーコンをのせ、さらにそこに4を流し込みます。
  • 5に、おろしたグリュイエールチーズ、さらに小さく切ったバターをのせます。180Cのオーブンで表面がきつね色になるまで約30分焼き、熱いうちに食卓に出します。

ミシェルアンドレコーヘン
Michele Andree Cohen

第二次世界大戦中の1939年12月、フランスのトゥールで生まれる。終戦後の1946年にトゥールからパリに移り、結婚するまでの15年間パリで暮らす。料理上手な母から、伝統的なフランス料理の他、アルザスの料理や、父親の故郷であるロレーヌ地方の料理を教わる。
バカロレア(大学入学資格)を取得後、PRの専門学校に入学。卒業後、企業PRに関わるレセプションに携わった。
1961年、エジプト出身のイタリア人と結婚。義母もまた料理上手で有名な人で、義母からイタリア料理や中東料理の手ほどきを受ける。その後5年間、商社に勤める夫の仕事の関係で、北アフリカのスーダンの首都ハルッームに住む。ここでシリア人、リベリア人、ギリシャ人、イタリア人など、さまざまな国の友人ができ、その友人たちからそれぞれの母国の料理を教わる。
1966年、イタリア・フィレンツェへ家族とともに移住し、その1年後、夫の赴任で日本へ。1992年に日本を離れるまで、日本でもまた、料理上手なイタリア人の友人たちやさまざまな国の友人と出会い、イタリア料理はもちろんのこと、日本料理、中華料理、インド料理など、幅広い料理の知識を得る機会に恵まれる。
友人たちのすすめで料理教室を開き、10年ほど、自宅で料理教室を主宰。料理をつくりながら語る、歴史やルーツなど、料理にまつわる「物語」が好評で、この経験が、日本を離れて18年たった今、料理本の出版を実現させることにつながった。
また、1980年ごろの日本ではまだほとんど知られていなかったティラミスを、日本に広めるきっかけをつくった功労者のひとりでもある。夫が日本に初めて輸入したフレッシュマスカルポーネチーズの販促活動をサポートするため、食品見本市でフレッシュマスカルポーネチーズを使ったティラミスの試食会を行い、これが評判を呼び、ティラミスが一気に全国的に知られることになる。フランスでレセプションの仕事をしていた経験がここで生きた結果となった。現在はスイス・ジュネーブで夫と2人で暮らしている。結婚し家庭を持った3人の子どもたちは日本、ドイツ、フランスで暮らしているが、年に2回は家族全員が集まる。家族に会い、料理を振る舞うことが何よりの楽しみ。マンマ(mamma)は今、8人の孫のノンナ(nonnaおばあちゃん)でもある。